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スピッツ好き

スピッツ好きのメモ。ブログは初心者。更新頻度はまちまち。

15.2 「みなと」

スピッツ(曲)

★「みなと」

 

◉この曲のシングルはアルバムの三ヶ月前という直近で出たものなので、もしかしたら買ってないって人も多いかもしれないですね。

 

 

◉サウンドに関しては、「醒めない」よりも歪んだベースに、終始美しく鳴り響くテツヤギター、マサムネのグレッチのアコギ風のギターが絡んで幻想的な情景を想起させます。

 

名曲「魚」のように、雰囲気作りが素晴らしく世界観に一気に引き込まれます。
間奏の口笛も情緒を誘いますね。アウトロのギターのディレイのエフェクトも好きです。

 

 

 

◉「醒めない」に引き続き比較的ストレートな歌詞。今回のアルバムでは、「メッセージ性の強い曲」を意図的に先行してメディア露出させている気がします。「雪風」然り。

 

 

船に乗るわけじゃなく だけど僕は港にいる

 

 

「船に乗らない人」が敢えて港にいる理由。これは「誰かの旅立ちを見送る」「誰かの帰りを待つ」などでしょうか。

 

遠くに旅立った君に 届けたい言葉集めて

 

 

死別や離別……どちらも考えられますが、どうやら「君」には会いたくても中々会えないようです。

 

汚れてる野良猫にも いつしか優しくなるユニバース
黄昏にあの日二人で 眺めた謎の光思い出す
君ともう一度会うために作った歌さ
今日も歌う 錆びた港で

 


「君」に会えるかは分からないけれども、只管帰りを信じて歌っている。「ユニバース」が「野良猫」にいつしか優しくなるように、そんな「奇跡」を願って思い出を反芻しながら待っているのかもしれません。

 

 

勇気が出ない時もあり そして僕は港にいる
消えそうな綿雲の意味を 考える
遠くに旅立った君の 証拠も徐々にぼやけ始めて
目を閉じてゼロから百まで やり直す

 


「消えそうな綿雲」は、「君」との思い出でしょうか。或いはそして、その思い出が徐々にぼやけ始めるほど長く待ち続けている、という事かもしれません。
そして、目を閉じて最初から思い出を反芻してまた「君」を忘れないように思い出す。

因みに綿雲は「春」の雲らしいですね。冬の「雪風」とはこういう意味でも繋がりがありそうです。

 

すれ違う微笑たち 己もああなれると信じてた
朝焼けがちゃちな二人を染めてた あくびして走り出す
君ともう一度会うための大事な歌さ
今日も歌う 一人港で

 


「すれ違う微笑み」とは家族でしょうか、恋人達でしょうか。何れにせよ「君」と「僕」はそういう幸せでありふれた関係になれなかった事が示唆されます。
そして、「二人」でいた時の思い出を反芻しながら「一人」で歌い続ける。対の表現ですね。

 

二番のサビ前のドラムのシンバルからの入りが好きです。

 

 

今日も歌う 錆びた港で 港で 港で

 

 

スピッツの楽曲の中でこれほど同じワードが繰り返し歌われた事はないでしょう。余程重要なワードなのですね。

港は「僕」が帰りを待つ「家」や「故郷」、或いは「君と僕が一緒にいる状態」そのものを例えているのかもしれません。

 

 

「君」という存在に「僕」がどれほど依存し溺れていたか、という事がよく分かります。一途に「君」の帰りを献身的に待ち続ける。忠犬ハチ公みたいなイメージを持っています。

 

 

 

◉アルバムの中で

 

今アルバムのシングル曲は、この「みなと」と配信シングルの「雪風」となっていますが、個人的にこの二曲は対になっていると考えます。曲順もそうですし。

前者は「遠くへ旅立ってしまった人への歌」、後者は「遠くへ旅立った人からの歌」として。

 


アルバムの中の曲として捉えるなら、「ナサケモノ」や「コメット」辺りとの繋がりを考えるとやはり「恋人への歌」が自然なのかなと思います。

 

 

そして、前々の記事で示したように、この曲が真のオープニングトラックであると考えています。

 

 

「遠くへ旅立った君に届けたい歌」とは、「子グマ!子グマ!」から「ブチ」の事ではないかなと。

 

 

この「届けたい歌」を聴いていく事で、「僕」がどういう人間なのか、どう思っているのかが分かっていく仕組みになっているのかな、と考えました。

 

 

◉好きなフレーズ

「すれ違う微笑たち 己もああなれると信じてた」