スピッツ好き

スピッツ好きのメモ。ブログは初心者。更新頻度はまちまち。

スピッツの楽曲について③

◉詞の世界観

◾︎草野さんは歌詞制作にあたり「性と死」というテーマが根底にあると語っています。「尖っているもの」に「性」を、「丸いもの」に「死」を感じるそうです。
前者は「男性器」(を表していると捉えられるような楽曲が多々あります)など
、後者は「月」、「あわ」などがありますかね。
スピッツのほぼすべての楽曲にはこの二つのどちらか、或いは両方の要素が含まれています。
スピッツの曲は特に前者の「性」を含んだ、『「君」とのラブソング』が非常に多いです。

 

 

 

◾︎ここで、スピッツの自分なりの裏テーマを三つ考えてみました。


●一つ目は、「刹那の幸福」です。
「性」という一時的な欲望に身を委ね、「死」によって必ず終焉が到来する幸せに溺れる……。
やがて来る「終わり」を見据え、それを前提としてその一瞬の幸せを描いた歌詞が多いです。それは「君」といる時間であったり、「君」という存在であったりですね。「幻」や「夢」だと理解していても望んでしまう訳です。

 

スピッツ/インディゴ地平線

凍りつきそうでも 泡にされようとも
君に見せたいのさ あのブルー

 

スピッツ/さらさら

いつも気にしていたいんだ 永遠なんてないから
少しでも楽しくなって

 

 

●二つ目は、「ダメダメな主人公」です。
スピッツの歌詞に出てくる「僕」や「俺」は基本的にダメダメな人間です。

ですが、それによって聴き手側が、より歌詞に没入し共感しやすい仕組みになっています。

 

スピッツ/ビー玉

俺は狂っていたのかな
空色のナイフを手に持って

 

スピッツ/僕はきっと旅に出る

僕はきっと旅に出る 今はまだ難しいけど
初夏の虫のように 刹那の命はずませ

 

他にも、「〜したい」「したかった」など、願望系の語尾が多いですね。心で願うだけで行動に移せない場合も多々ありますw

 

 

●三つ目は「負の肯定」です。簡単に言うと、「開き直り」ですね。
これは一つ目と二つ目のテーマにも繋がってくるのですが、「負の側面・要素」を「それはそれでいいじゃん」というスタンスで開き直っている部分が多々あります。

 

スピッツ/フェイクファー

唇をすり抜ける くすぐったい言葉の

たとえ全てが嘘であっても それでいいと

 

スピッツ/ハヤテ

でも会いたい気持ちだけが 膨らんで割れそうさ
間違ってもいいよ

 


近年の邦楽の歌詞は、「頑張れ」「愛している」など、ストレートに気持ちを表現しているものが多いと思います。その真っ直ぐな感情を否定するつもりはありませし、そんな言葉に勇気付けられる場面も多々あると思います。

ただ、スピッツの「抽象的な心象描写」は、言葉にする事が難しい周辺の感情までもを汲み取ってくれる様な、そんな気がしてならないのです。

 

★長々と纏めてきましたが、スピッツの世界観は『鬱々とした閉鎖的な自分の世界に指す、一筋の希望(「君」やある種の「幸福」)』だと思います。

基本的に「小さな世界」で閉じいるので、現実的に見ると「結局何も行動として起きてなくね!?」って事は多いです。が、それが逆に押し付けがましくないので飽きない。

聴き手に共感を与えるのは、「陽」を強調させる「陰」の要素が大きいからでしょうね。